2015年3月1日日曜日

室戸市の民話伝説 第60話 ゴンドウ鯨のゴンちゃん

 第60話 ゴンドウ鯨のゴンちゃん

 三津港は、古式捕鯨が網掛け突き捕り漁法に代わった貞享《じょうきょう》元(一六八四)年の昔より沖合に網代を設けるなど、捕獲した鯨を引き揚げたスロープが今に遺る。鯨との関わりは三百三十有余年の長い繋がりを持つ土地柄である。
 そんな地域の定置網に平成二(一九九〇)年二月二十二日、ゴンドウ鯨がかかった。久し振りの鯨に、漁師は早くも舌鼓を打っていた。港に帰った漁師は先ず鯨を市場の片隅に揚げ、今日の漁獲の仕分けにいそしんでいた。
 すると、そこへ突然、塩土老翁《しほつちのをぢ》(海の神)が今朝の漁模様を覗きに現れた。老翁《をぢ》は鯨を目聡《めざと》く見付けるや、これは孕《はら》み鯨ぞ、といった。その言葉を耳にした漁師は手が止まり青ざめた。先人の漁師の戒め「孕み鯨と子持ち鯨は、夢にも見るな」鯨に対し、慈しみと畏怖の念を忘れるな、と言う格言だった。
              絵 山本 清衣
 漁師は老翁の教えに直ぐさま応え、鯨を漁港内に放した、が何が気に入ったのか一昼夜二昼夜たっても外洋へ出る気配がない。「プハーッ、プハーッ」と規則正しい呼吸音を発しながら、ゆっくりと時を過ごしている。  この鯨は、ゴンドウ鯨の仲間で小型のハナゴンドウらしい。全長二・五㍍程度で花柄模様の白っぽい文様が特徴だ。五日目の朝のこと、漁師がさぞ腹も空いたことだろう、と大敷き網の朝持ち取れのスルメイカを口先に投げ与えた。するとパクリと頬張った。つづいてイワシを与えると、これも喜んで頬張った。少しずつ元気を取り戻したか、腹が空くと岸壁に寄りそい餌をねだりはじめた。
 新聞やテレビで報道されるや、三津漁港は絶え間ない見物客で賑わい、にわかに鯨ウオッチングの場となった。朝から家族連れが車を連ね多い日には二千人、子供らは”ゴンちゃん”と愛称した。見物人は日ごとに増し、観光バスも立ち寄りはじめ二週間で延べ一万人の集客となった。
 三月二十八日正午頃、大敷き網の晩持ち揚げの準備をしていた漁師が、ゴンちゃんの異変に気づいた。ゴンはピンク色の何かをくわえている。最初はビニールかと思ったが、よく見ると違う。「ひょっとすると赤ちゃん?」市場の職員たちも次々出て観察。午後二時半頃、赤ちゃんと確認したが残念ながら死産であった。
 赤ちゃんは体長七十㌢程、鮮やかなピンク色である。本来ゴンドウ鯨の赤ちゃんの体色は黒っぽく、もっと大きい、と桂浜水族館の職員はいう。
 ちょうど一ヶ月間、ゴンちゃんを見守ってきた漁協関係者は「残念だ。可哀想じゃのう」としんみり。ゴンは死んだ赤ちゃんを離そうとせず、チーズのような乳を出して与えようとする。胸鰭《むなびれ》で持ち上げたり、盛んに背中に乗せて息をさせようとしたりする。人間に劣らぬ母性愛、愛情溢れるその姿に人々は涙をいざない見詰めていた。
 「ゴンちゃんめっきり衰弱」お産時に感染症か、と高知新聞に大見出しで載ったのが四月七日。食欲も減退し、泳ぎもぎこちない。二月二十二日に、港内にに離され餌をたらふく食べていた時のような、張りつめた体ではない。背鰭《せびれ》周辺から尾鰭《おびれ》にかけて白い筋が目立ち、骨が浮き出ている様子。首の部分のくびれが目立ち、頭部も角張ってきた。
 ゴンちゃんを見詰め続けてきた桂浜水族館の飼育係も「普通の痩せ方ではない。お産の時に感染症にかかったようで、命にもかかわる状態」まだ少しでも餌を食べるのが不思議なくらいだ。このまま痩せれば一週間くらいの余命という。飼育員から提供を受けた抗生物質を混ぜ合わせ、急場をしのいでいるが、これから港内の水温が高くなると、水の汚れが進み、ますます条件が悪くなる。三津漁協でも、「ゴンちゃん、そのうち外洋に出て行くと思ったが、これだけ長く居るとは意外。死ぬ前になんとか外洋に出す算段をしなくては」と話しはじめた。
 ゴンちゃんの死産や、衰弱が報道されるたびに、室戸市商工観光課や三津漁協にも「ゴンを助けてあげて!」との声が相次いだ。ゴンちゃん三津港去り難し・・・、外洋への、第一弾誘導作戦は失敗に終わった。
 内容は前日より空腹にしておいたゴンちゃんを、餌でつって港外に誘い出す。補助としてダイバー四人が後ろから追い立てる、という作戦であった。
 しかし、餌に混ぜた抗生物質が効いたのか!、ここ数日のゴンちゃんは一時の衰弱から脱した。食欲も回復して、九日朝はイカ四十匹、イワシ二十匹を平らげた。
 ゴンちゃんは、誘導船から投げ与える餌をくわえては港の奥に舞い戻る。まるで出口に向かうのを嫌がるように。ゴンちゃんの居る内港から港口までは、わずか二百㍍であるがゴンちゃんは誘いにはのらなかった。ゴンちゃんは港を安住の場と決めてしまったのか、それとも死産した我が子が眠る地から離れたくないのか!!!。
 四月十六日、ゴンちゃん第二弾目の救出作戦が行われた。この日は前回の轍を踏まじ、とばかりに大掛かりなものとなった。五隻の大敷き船に縦五㍍横幅九十㍍の特製捕獲網を作成した。港のスロープへ餌で誘導しながら、網周りを段々に縮めて捕獲した。
 ゴンちゃんは、一旦担架に包まれ大敷き船に揚げられた。こうしてゴンドウ鯨のゴンちゃんは、三津沖合い三㎞の外洋に放す作戦に成功した。ゴンちゃんをそっと海に降ろすと、一瞬、状況が分からないのかぽかりと浮かび放心状態であったが、やがて大きく息を
吸った。そして漁師たちの方に体を向け、頭を立て深々と三度お辞儀をして、大きく潜っていった。「ゴンちゃん元気でな。早く仲間に出合えよ」と四十人の関係者が見送った。
 二月二十二日、三津漁港に居ついたゴンちゃんは五十四日間、延べ四万人の胸に様々な思いを刻んで去っていった。
 ゴンの赤ちゃん、死産であった三月二十八日より数えて四十九日の五月十六日、三津漁協関係者数人と地区長が、最御崎寺・東寺の住職を招き、喧騒からとかれた三津港でしめやかに法要がおこなわれた。大海原で遊ぶこともなく、黄泉の国へ渡ったゴンの赤ちゃんへ畏怖畏敬の念を現したものである。

                           文  津 室  儿
       
 本号を持って、五年間にわたる「室戸市の民話伝説」の掲載が終了致しました。長い間のご笑読にお礼を申し上げます。誠にありがとうございました。


 参考文献    
                             佐喜浜村を語る       小堀 春樹    著
                    木喰佛海上人        鶴村 松一    著
                    佐喜浜町史         町史編纂委員会  著
                    室戸岬町史         安岡 大六    著
                    室戸町誌          室戸町誌編集委員会編
                    室戸市史 上巻・下巻    専任編集委員                                                        島村 泰吉
                             室戸市余話         島村 泰吉    著
                    吉良川町 歴史めぐり    吉良川史談会   編
                    土佐路のはなし       N H K 高知放送局編
         羽根村史          山本 武雄    著
                             高知・ふるさとの先人    高知新聞社    編
                    伝説の里を訪ねて      高知新聞社    編
                    小説 武辺土佐物語     田岡 典夫    著
                    怪奇・伝奇     田中貢太郎著   春陽 文庫
                    笑話と奇談   桂井和雄著 高知県福祉事業団
                    耳たぶと伝承  桂井和雄著 高知県社会福祉協議会
                    俗信の民俗   桂井和雄著 岩 崎  美 術 社
                    生と死と雨だれ落ち 桂井和雄著    高知新聞社
                    土佐の海風     桂井和雄著    高知新聞社
                    明治生まれの土佐  河野 裕著    金高堂書店
                    ラジオ拾遺珍聞土佐物語 河野 裕著    
                    珍聞土佐物語    河野 裕 編著 高知市文化振興事業団
                               日本の民族高知 坂本正夫・高木啓夫著   第一法規
                    土佐の民話 第一集・第二集 市原麟一郎    編
                    日本の民話 35 土佐編                   未 来 社
                    高知県方言辞典       高知市文化振興事業団
                    日本昔話集成  全6巻   關 敬吾     著
                    日本の民話   全12巻   角 川    書 店
                    日本の伝説   全49巻   角 川    書 店
                    定本 柳田國男集  全31巻   筑 摩    書 房                                                別巻5巻
                    口語訳 古事記    三浦 佑之著   文芸春秋刊
                    中西進  著作集古事記を読む一・二・三     四 季 社              

室戸市の民話伝説 第59話 岡村十兵衛浦久

  第59話  岡村十兵衛浦久

 岡村十兵衛浦久が羽根浦(現室戸市羽根町)の分一奉行《ぶいちぶぎょう》(分一とは、物品の課税・徴収・民政役人)として赴任したのは、元和《げんな》元年(一六八一)春二月であった。
 十兵衛が、ここ羽根浦に赴任する前の寛文・延宝の頃の「日本災異志《にほんさいいし》」によれば、寛文九(一六六九)年「是歳諸国飢民多シ。諸国連年米穀実ラズ、且ツ去年ノ大旱魃ニテ民力労瘁ス」。延宝二(一六七四)年「是歳春諸国大饑饉ナリ。是歳春諸国大ニ飢エ餓死スル者街ニ盈《み》ツ三月ヨリ五月ニ至ルマデ…。阿波ノ若江郡渋川郡蔵人拾ヶ村(総人口四千九百十二人アリ)ノ内、飢エ者三千七百五十二人アリ…」と記されている。寛文・延宝時代の諸国の飢饉の窮状がうかがえる。
 十兵衛は着任するやいなや、羽根村の庄屋・左近右衛門(檜垣左近右衛門)を呼び村内津々浦々を案内させ、民情を詳しく視察し、その惨状を救うのに心を砕いた。
 日本災異志にあるように羽根浦も例外ではなく、餓死者は日を追って増え惨状は目を覆うばかりある。農民は相次ぐ凶作に泣き、漁民は時化がつづき漁に出られず不漁で浦人の生活は困窮の極みにたっしていた。
               絵 山本 清衣
 十兵衛が先ず取り掛かったのは、藩に願い出て、黑見のお留め山を明けてもらい(伐採許可)、松材を五万三百六十二本、保佐《ぼさ》(雑木)十八万四千三百十二束を仕成して上方方面に売り、銀八十七貫六八四匁余りを得ることができた。杣《そま》の日雇い賃、四五貫余りを差し引き、残り四二貫余りを地下人に用立てて、浦人の救済に充てた。
 しかし、こうした努力も、自然の力の前では遺憾ともしがたいものがあった。十兵衛赴任後の天和の三年間も、災害や凶作、不漁はなおも続いた。言いかえれば、天和元(一六八一)年夏より秋にかけての風雨、洪水が相次ぐ、翌二年には生活苦に耐えかねて、室津浦の浦人は六二人が駆け落ち(他国へ逃亡)をし、浮津浦でも数十人が逃散《ちょうさん》している。
 天和三年も暮れようとしたが、事態は好転の兆しすら現れず、売掛米代金返済の目処も立たず、十兵衛は藩と地下人の間の下級武士として苦悩の日々を過ごしていた。十兵衛は、幾度となく藩に浦人の窮状を訴え、藩の援助を願ったがはかばかしい返事はなく、年は明けて貞享《じょうきょう》元(一六八四)年となった。

 もはや飢餓に苦しむ浦人を救う道は、藩の御米蔵の年貢米を施すより外はない、と判断した十兵衛は再三にわたり実情を報告して、御米蔵の米を救い米として放出することの許しを藩庁に願い出た。
 しかし藩は仕来りと掟を盾に、なかなか腰を上げない。古今変わらぬお役所仕事というべきか、藩から何の沙汰も無いまま数ヶ月がたった。その間にも浦人の苦しみは増すばかりで餓死者の数が増えた。今はこれまでと覚悟を決めた十兵衛は、庄屋檜垣左近右衛門を呼び、「後日重罰あるは必至であるが、事態を座視することはできない。私の一命に代えて今日の危急を救おう」と話し、尾僧の米蔵を藩の許可なく開いて、蔵米を餓死寸前の浦人に施し浦人を救済した。
 御上の許しなく、藩の米蔵を開いた罪は重い。追っての沙汰を待つように謹慎を命ぜられた十兵衛は、心静かに事務整理の日を送った。一応の整理を終わった十兵衛は、庄屋、年寄り等を集めて事態の推移を説明し、その夜、藩主豊昌公に一人別れを告げ、役宅の一室において罪を一身に負って割腹して果てた。
時に貞享元年七月十九日未明であった。
 浦人は慈父を失った如く嘆き悲しみ、羽根八幡宮の傍らに葬って、朝夕香華を絶やすことはなかったと伝えられている。
 明治四(一八七一)年、羽根村組頭、地下惣代十数名が高知県庁に願い出て「鑑雄神社」として祀り、明治七(一八七四)年、正遷宮(正遷宮とは、神社の改築・修繕が完了して、御神体を仮殿から新殿に遷座すること)の儀を営んだ、と伝う。
 貞享元年七月十九日未明、役宅の一室に於いて割腹し果ててより三百三十一年後の平成二十七年の今も、鑑雄神社は十兵衛さん、十兵衛さんと親しみ深く畏敬をもって祀られている。
                  室戸市史・高知新聞より

                            文  津 室  儿
        

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      

室戸市の民話伝説 第58話 一木権兵衛

第58話  一木権兵衛

 本名・一木権兵衛藤原政利《いちきごんべえふじはらのまさとし》は、元和《げんな》三(一六一七)年布師田(現高知市)に生まれる。弱冠十九歳にして、土佐藩百人衆鄕士から鄕士頭に進み、更に藩の奉行職・野中兼山の小姓となり、七人扶持二十四石を支給されている。
 一木権兵衛が、野中兼山に抜擢されたのは権兵衛が発案し普請した水門、”権兵衛井流《ゆる》”が兼山の目に留まったことに由来する、という。
 その水門とは、通常は水量の調節を行うが、河川の洪水など増水時には用水路の水門を閉め下流への浸水を防ぎながら、近くに設けた別の水門を開き国分川に水を流し、上流域を浸水から守り、堤防の決壊を防ぐ仕組み、だという。
 当時、土佐藩は基盤の強固拡大を図るために、開墾・灌漑・干拓・築港事業等を強力に進めていた。執政・野中兼山は物部川の山田堰工事の検分に行く途中、布師田でこの灌漑”権兵衛井流”を目にして驚き、村人に誰の普請か問いただした。
 兼山は、呼び出された権兵衛に如何なる考えで、この水門を造ったか、を述べさせた。権兵衛は、上記に記した機能を考えて普請したことを兼山に伝えた。その考えは、兼山が山田堰から多くの用水路を造る計画の中で考えていた仕組みと正に符合するものであった。 この権兵衛の発想の豊さ、井流がみせる技術力の確かさを見抜いた兼山は、権兵衛を鄕士に取り立て自らの小姓とした、という。これが権兵衛が兼山に大抜擢された由来だ、と言われる。
               絵 山本 清衣
 ここで寛文の「中普請」に付いて「室戸港忠誠伝(室津港の事)」よりひろう。
 室津港の西側を流れる室津川の左岸の石垣を高く築き、川の増水の浸水を防ぎ港内を掘り進めていた。港口一帯の岩石を砕き、岩盤を掘り下げる工事には役夫の数は蟻が物を運ぶがごとく集まり、日々四、五千人が働いた。 工事の進む中、一木権兵衛の身に大きな難題が立ちはだかった。港口に巨大な三巌があらわれた。その巌には古来より浦人が、御釜碆《おかまばえ》(高さ九尺2.7m幅十間18m)・鮫《さめ》碆《ばえ》(高さ八尺2.4m)・鬼牙碆《おにがばえ》(高さ八尺2.4m)と名が付けられていた。浦人はこの三岩を人智の及ぶところ無しと恐れ、波間に出没しては船がよく座礁していた。しかし、この巨巌を除かなくば、内堀が掘られても用をなさない。
 この三巌の破砕にかかり、数日後のことであった。役夫が使う石鑿《いしのみ》の破損がはやく、鍛冶屋を困らせたり、碆から落ちて怪我をする者が多く出始めた。そのうち、妙な事を口にする者が出始めた。ことに、御釜碆のこと。碆に石鑿を打ち込むと、血が出たとか、前日に破砕してあった所が、翌日行くと、元通りに治っていたとか、夜な夜な小坊主が五六人集まり、訳の分からぬ談義をしているから、声を掛けると一斉に居なくなる、といいます。この御釜碆には龍王様が宿っている、と役夫たちが口々に喋り仕事を怖がりだした。
 そのような最中、藩主が東寺に参拝の途中、室津港の普請を御覧になるとお通りになった。その時、家臣の一人が一木権兵衛をあざけ笑いながらいった。「一木氏ご苦労千万、数ある忠勤、しかし、この様な大きな池を掘られて、さてこの池には鮒や鯉を飼われ釣り堀にしたらよろしかろう。拙者は遠路だから見物には来られないだろうが」と。声高に罵ったという。
 一木神社記念碑には、以下のように記されていた。
 一木権兵衛、力を尽すと云えども、三巌を取り除く事が出来ず、この事を更に国家老・野中兼山に乞い三千人の増夫を得る。日々督責《とくせき》、槌鑿《つちとのみ》を以て推破すれど、依然として砕けない。却《かえ》って槌鑿を毀損《きそん》するのみである。
 権兵衛退《しりぞ》いて以為《おもえ》らく恐らくは、これ三巌は神石であって海神の怒りに触れるものであるとして、一日、齊戒沐浴《さいかいもくよく》して天神地祇《てんじんちぎ》に誓って云った。この事業を能く竣工させて頂ければ命を捧げる。と、翌日になり終に推破する。碎痕《さいこん》より血迸《ほとばし》り出て、数千人大朱に染み水為に赤し、寛文年より延宝七(1679)年に至り、此れ約十九年にして功を奏す。
 さて、室津港の開鑿《かいさく》は数次にわたって修築が行われ、本格的な竣工をみたのは延宝七(一六七九)年六月であった。なお、この工事を延宝の堀り次ぎといって、港普請奉行は一木権兵衛であった。
            神社記より。
 野中兼山の失脚後も、一木権兵衛が室津港の難工事を成功させた時、延宝七(一六七九)年六月十七日夜、御釜が碆上に祭壇を組、一木家の定紋「丸に九曜」をあしらった紫の幔幕を張り巡らし、明珍長門家政作の甲冑、相州行光作の太刀海神に捧げ、翌未明に切腹を果たし、自らの身体を約束通り海神に捧げた。
 この行為は、一木権兵衛が野中兼山に対する恩義と忠誠のほかに、野中兼山を失脚させた土佐藩に対する痛烈な抗議の意思表示であったであろう。
 室津港築港の口火を切った最蔵坊こと小笠原一学、中次ぎ普請を担った土佐藩家老・野中兼山、竣工にこぎつけた普請奉行・一木権兵衛の三氏に因って成ったことに、畏敬の念を表すべきであろう。

                        文  津 室  儿